をんな千一夜 第116話
混血孤児と生きた財閥令嬢
石井 妙子
2026年11月号
アメリカに物を言えないのは占領されたという過去ゆえか。それとも日本人に根強い白人コンプレックスゆえか。占領期のアメリカに楯突いた人物として吉田茂や白洲次郎を挙げる人もいるが、私が真っ先に思い浮かべるのは昭和23(1948)年に進駐軍アメリカ人兵士と日本人女性の間に生まれた混血孤児を収容する「エリザベス・サンダース・ホーム」を創設した沢田美喜である。
占領軍にとって混血孤児は認めたくない不都合な真実であった。日本の男たちが占領軍に怯え、必死に機嫌を取る中、美喜は占領軍本部に乗り付けると幼い頃から磨き上げた英語でまくし立てて一歩も引かなかった。その強さと情熱は三菱財閥令嬢という生い立ちと決して無縁ではない。
明治34(1901)年、美喜は上野の不忍池近くの岩崎家本邸で生まれた。3人の兄がおり、「次は女の子を」と望まれる中での誕生だった。ところが成長するにつれ「かわいそうに。お母様よりだいぶ落ちる」と器量を貶されるようになり、本人の耳にも入った。美喜は「女の子」らしく育つことを拒絶し、兄に交じって弓や柔道を習うと、男の従兄弟を投げ飛ばした。顔も性格も一代で貧苦からの・・・
占領軍にとって混血孤児は認めたくない不都合な真実であった。日本の男たちが占領軍に怯え、必死に機嫌を取る中、美喜は占領軍本部に乗り付けると幼い頃から磨き上げた英語でまくし立てて一歩も引かなかった。その強さと情熱は三菱財閥令嬢という生い立ちと決して無縁ではない。
明治34(1901)年、美喜は上野の不忍池近くの岩崎家本邸で生まれた。3人の兄がおり、「次は女の子を」と望まれる中での誕生だった。ところが成長するにつれ「かわいそうに。お母様よりだいぶ落ちる」と器量を貶されるようになり、本人の耳にも入った。美喜は「女の子」らしく育つことを拒絶し、兄に交じって弓や柔道を習うと、男の従兄弟を投げ飛ばした。顔も性格も一代で貧苦からの・・・









