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政治

政治不信招くメディアの責任

山口二郎(北海道大学大学院教授)

2010年2月号公開

 ―「政権交代」が色褪せ、民主党政権が国民の失望を買っています。

 山口 私自身、政権交代が必要だという信念で民主党を応援してきたが、反省すべきところがある。政権交代自体が目的になってしまった。民主党自身もそういう位置づけで選挙を戦ったわけだが、学者たるもの、もっと綿密な道筋を描かなければいけなかった。実際に予算編成、税制改正のプロセスをみれば、マニフェストも大幅に後退するわけで、一体何が変わったのかという疑問が出てくるのも仕方ない。

 ―政治家の発信力不足に、メディアもいら立っているようにみえます。

 山口 確かに、実質的に小沢氏が党を仕切っている以上、小沢氏側が党の政策を体系的に語らないと、国民には予測不可能だ。トップが何を考えているか分からないというのは専制政治だ。情報発信がない中で、期待が裏切られ、政権交代で新時代の到来を吹聴したメディアも、ここに至って百八十度転換し、まるで「小沢憎し」の検察とシンクロした報道が氾濫している。とても健全な世論がつくれる状況ではない。置いていかれているのは国民だ。

 ―政治不信にはメディアの責任も大きいです。

 山口 メディアの側も、民主党の政策を後押しすべき役割もあったはずだ。景気も雇用も重大な問題を抱えている中で、これを解決に向かわせることができていない批判一辺倒のメディアの責任は大きい。例えば子ども手当と扶養控除の報道でいうと、各紙とも損得の話に終始した。あまりに次元の低い話だ。これからの社会、経済を再構築していく上で、各人が応分のコストを払うというのが民主党の政策だ。そのときに高度成長期の発想で、誰にとって得か損かといった話に追い込んでいった日本のメディアは実に遅れている。政治同様、メディアもポピュリズムに走っている。メディアの考えも浅く、民主党が進める統治システムの転換について、的確な疑問が呈されていない。単に官僚支配や政治主導という常套句を使っているだけの印象がある。メディア自身にも思想があれば、誰にとって損か得かではない、もっと違った次元の批判ができるのではないか。

 ―一方で税や控除の損得勘定に関する報道は選挙への影響が大きい。

 山口 だから民主党も消費税増税などの議論に踏み切れない。結局、思想がないことが民主党政権の最大の弱点だ。脱官僚といいながら、自分たちが一番官僚的だという矛盾がある。官僚とはすなわち部分的最適化だ。個別の政策はあるが、それらを組み合わせてどういう社会をつくるかという、総合的エンジニアリング力がない。民主党も一つのパッケージとして政策を打ち出し、目指す社会の理想を語るべきだ。

 ―民主党の信頼回復は可能ですか。

 山口 小沢氏がもっと言葉を語らなければ無理だ。小沢氏には情報戦を戦ってほしい。政治とカネの問題を単に司法の論理で戦うのは愚の骨頂だ。小沢氏に期待したのは、自民党政治の「墓掘り人」の仕事。墓を作って、亡者を埋葬することで小沢氏の仕事も終わるべきだった。最近の世論調査にも国民のジレンマがよく表れていて、まだ政権交代を起こして四カ月、何とかしてほしいという思いが伝わってくる。しかしそれが完全に裏切られたときは、国民の絶望感は計り知れない。政治的ニヒリズムが襲う。そのとき出てくるのは次なるポピュリズムだろう。

〈インタビュアー 編集部〉


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