三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月間総合情報誌

経済

三井住友海上「巨額損失」の真相

新生メガ損保の船出は前途多難

2010年5月号公開

 メガ損保が揺れている――。
 と言っても、国内市場の飽和状態化を受けて、三メガ損保へと集約化されるという損保業界の激震事情のことではない。メガ損保の一角であるMS&ADインシュアランスグループホールディングスの内部が揺れ動いているのだ。
 MS&ADインシュアランスグループHDと言っても理解しにくいかもしれない。同社は、三井住友海上グループホールディングスと、ニッセイ同和損保、あいおい損保の経営統合によって誕生した巨大保険会社である。その中核となった三井住友海上火災は二〇〇一年に三井海上火災と住友海上火災の経営統合によって生まれている。この十年余りの間に、経営統合を繰り返し、さらに持ち株会社へと経営形態を移行させた。まさに激動の歴史を刻んでいると言っていい。そんな同社の内部が今、きな臭く揺れている。

打ち続く不祥事の数々


 話の起点は〇六年までさかのぼる。MS&ADの最大母体の三井住友海上は同年、金融庁から二週間にわたる業務停止命令を受けるという事態に立ち至っていた。金融庁による検査で不祥事、法令違反の数々が発覚したからだった。当時の金融庁発表資料をみると、「第三分野に係る保険金の不適切な不払い」「保険金の支払い漏れ」「不適切な代理店管理」等々、まさにずらりと違反行為が羅列されている。
「ライバル他社にも同様の事件が発覚したとはいえ、やはり、社会の指弾は厳しかった」
 同社社員のひとりは当時をいまさらながら苦渋に満ちた表情で話している。そうした一連の違反行為のなかで、同社の場合に目立ったのが「海外拠点管理態勢」への問題指摘だった。英国子会社における不祥事であり、具体的には「当該子会社の代表取締役が契約書を取り付けていないままの支出や、支出理由を偽った支出を行い、さらには必要とされる取締役会の承認を得ない支出を行っていた」というものだ。そして、本社の海外部門は横領、背任等の不祥事のおそれがある事案にもかかわらず、徹底した調査を行っていなかった。結果、金融庁からは、こうした事態について、海外拠点に対する管理・監督がきわめて不十分という厳しい判定を下されていた。
 ところが、厳しい処分を受けておきながら、三井住友海上はその後も、問題を引き起こした英国子会社の最高経営責任者を更迭せずにそのポストに就け続けた。金融庁からの指摘がきわめて厳しい内容だったことを踏まえると、この人事には首を傾げざるを得ない。
 社内でも、そういう見方はあるようで、たとえば、ある社員はこう語っている。
「社内でも、なぜ? という声が上がっていた。しかし、最高顧問の井口さんの人脈だから、という話で終わっている」
 井口武雄元会長。当時、三井海上のトップとして、住友海上との経営統合を推し進めた、いわば経営統合の最大級の功労者である。経営統合後は住友海上のトップだった植村裕之氏とともに共同最高経営責任者に就任していた。が、〇六年六月、一連の不祥事の責任を取る形で、植村氏とともに、トップの座を退き、いまは常任顧問というポストにある。
 つまり、第一線を離れた人物だが、別の社員は実態は違うと指摘する。
「井口さんは今も隠然たる影響力を社内で発揮している。陰の実力者と言われている」
 しかし、いかに経営統合の功労者であろうとも、最高経営責任者どころか、取締役の肩書もなくなった人物が実力者というのは尋常ではない。そのために、問題を引き起こした子会社のトップが居残り続けているとすればなおさらであり、案の定、英国子会社は再び、深刻な打撃を同社に与える事件を引き起こしてしまった。しかも、これまた、〇九年十一月から始まった金融庁の検査によって、その状況が把握されている。

問題の根は「実力者」井口武雄


 今回はデリバティブ投資の失敗だった。具体的にはゼロ・コスト・プロテクション(ZCP)と呼ばれる信用保証保険の引き受けで巨額損失が発生した。実は、三井住友海上は〇八年度決算において、「英国子会社による信用保険引き受けで五百億円の損失発生」という発表を行っている。したがって、損失発生そのものは、すでに公然の事実となっている出来事と言えるが、問題はその投資プロセスにあった。
 より詳しく説明すると、英国子会社が一連の投資を行ったのは〇八年三月だった。ZCPに対して、最大保証額三億ドル(約三百億円)の金融保証を実行したものの、その間にリーマン・ショックが発生したこともあって、それから、わずか一年弱しか経過していない〇九年一月には全額損失という事態となった。英国子会社は一挙に債務超過に転落し、同社は英国子会社に約四百八十八億円の増資をせざるを得ない状況に追い込まれた。
 これが表面上の経緯なのだが、事態はより深刻な部分を孕んでいる。なぜならば、この投資(引き受け)が社内規定に違反するプロセスで決定、実行されていたからだ。関係筋にあたると、こういう話が返ってきた。
「社内では厳秘扱いだが、本社役員会で決定している、子会社が独自判断できる引き受け限度額を大幅に超過していたにもかかわらず、英国子会社は本社取締役会に本件を諮らなかった」
 同社の場合、子会社などが独自判断で引き受けできる金額は二十五億円までであり、今回の三百億円はその限度額を大幅に超えていたにもかかわらず、一部の役員の独断専行で実行されたという。明らかに権限逸脱も著しい行為だったと言わざるを得ない。
 しかも、本件では実際の損失が二十億円に達した場合のみならず、評価損失が三十億円から四十億円の規模となった場合には解約するという引き受け条件があらかじめ設定されていたにもかかわらず、引き受け後、わずか三カ月で、四十億円以上の評価損失が発生しても、解約せずに、そのまま引き受けを続行していたという話もある。引き受け総額がすべて失われたという顛末は引き受け条件の解約規定が守られなかったことの何よりの証左にほかならない。
 この事実について、ある社員はこう語る。
「多くの社員は巨額損失の発生に驚き、呆れているが、損失発生の実態を知ると、驚きは怒りに変わるだろう」
 そして、常任顧問という名誉職にすぎない井口氏が依然として隠然たる影響力を社内で発揮しているとすれば、金融庁は今回の検査でも、この会社には不祥事のみならず、ガバナンス面からの問題指摘と処分を厳正に考えなければならない。問題発生の根の部分を絶つことが求められていることはいうまでもない。


掲載物の無断転載・複製を禁じます©選択出版