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経済

「V字回復」にほど遠い全日空

日航との「共倒れ」の懸念さえも

2010年7月号公開

「公的資金を使って機材を大量購入するのは公平・公正な競争の観点からしていかがなものか」と全日本空輸の伊東信一郎社長が吠えれば、日本航空の稲盛和夫会長は「機材の更新に充てるのは当然の投資」と一蹴。企業再生支援機構の瀬戸英雄支援委員長も「エールフランスでも公的資金が機材購入に使われており、全日空の主張は論外だ」と反論する―。日航の破綻以降、国民がうんざりするほど聞かされている全日空と日航の舌戦だが、伊東社長が繰り返す「被害者」発言には、どれほどの根拠があるものなのだろうか。
 全日空の経営は確かに厳しい。二〇一〇年三月期の最終赤字は五百七十三億円と過去最悪となり、六月二十一日に開かれた株主総会でも経営陣に対する厳しい質問が相次いだ。しかし自業自得と呼べる面も少なくない。最たる例が今春、国際線で自信をもって世に問うたオンデマンド機内食サービスが、準備不足からトラブル続出となった珍事だ。多額の投資を行いながら、地に足が着いていなかったために「無駄」になった。
 全日空の低空飛行については従来、リーマンショックや新型インフルエンザといった外部要因が盛んに語られてきたが、「積年の課題に手を付けてこなかった側面も看過できない」(大手証券アナリスト)との声が上がる。ここで言う積年の課題とは全日空の大黒柱である国内線の抜本改革である。「少子化による人口の減少やJR、新規航空会社との競争激化はかねてから指摘されていた」(同)にもかかわらず、全日空は国内線のコスト改善に真正面から取り組まず、「羽田が国際化すれば」「国際線が安定すれば」とチグハグな“たられば経営”を続けてきた。

「抜本改革」を怠っている


 実際、国内大手二社の運航コストは海外の大手エアラインに比べて依然割高だ。航空業界が生産性の基本指標とする一人の乗客を一マイル運ぶための費用でみても、全日空は日航とともに二十セント超だが、アメリカン航空は路線の整理や賃金の見直しで十三セントを達成。効率経営で有名なサウスウエスト航空に至っては十セントと二倍以上の差が付いている。全日空の赤字を尻目に一〇年三月期に三十一億円の営業黒字を計上したスカイマークの西久保愼一社長は、「既得権益に守られた日本の大手二社は競争から背を向け国内市場で安住した結果、賃金なども高止まりした」と指摘している。
 日航を激しく批判しながらも、運航コスト面では全日空も五十歩百歩にとどまるのは、何よりパイロットを中心とする人件費への切り込みが生ぬるいからに他ならない。間接部門に関しても一度は羽田に移した本社をわずか数年で東京・汐留の超高層ビルに戻した。先日の株主総会では十七人もいる取締役の数が一般株主から「多すぎる」とも指摘された。いずれも身内に甘いお手盛り経営を示すものだ。それでいながら同社は、四月から国内線の無料飲み物サービスを大幅に簡素化。普通席でのコーヒー・紅茶などは全て代金を徴収する形に改めて、不評を買った。顧客からの問い合わせに応じるフリーダイヤルも身障者向けの一部を除き廃止された。もし日航が破綻せず、正常な競争関係が続いていたならば、こんなサービスの改悪には踏み切らなかったに違いない。日航倒産のどさくさにまぎれて行った安易で姑息な対応と謗られても反論は難しいだろう。
 全日空が目下、最大の期待を寄せる羽田空港の国際化でも、主張と行動の不一致、そして実効性の面での疑問符が、最近では市場関係者の間でも指摘されるようになった。新滑走路の供用開始で十月から発着枠は増えるものの、「これまでの実績からみて、全日空が言うような業績の大きな飛躍は考えにくい」(前出の大手証券アナリスト)というのだ。〇八年から始まった羽田発着の国際チャーター便の「誤算」がその根拠となっている。
 全日空は国際チャーター便の運航を「羽田空港の国際化の前哨戦」(伊東社長)として大々的にキャンペーンしてきたが、フタを開けてみると「客層の大半が単価の低い団体客」(大手旅行代理店)で、「当初目論んでいたドル箱路線とは程遠い」(全日空幹部)状況。ビジネス客も中国系航空会社の安値攻勢を前に運賃の引き下げを強いられている。それが国際定期便となれば「相互平等」を大原則とする航空業界の決まりによりコスト競争力やサービス、財務力でも全日空の上を行く海外航空会社が羽田に多数乗り入れる。いくら羽田が全日空の庭だと強がってみても、「絶対的な優位は保てない」(前出・大手証券アナリスト)。
 最大の収益源である国内線が傾いた場合、「国内線で稼いだ利益を国際線の維持につぎ込む」(全日空幹部)全日空のビジネスモデル自体が崩壊する。日航の一挙手一投足に全日空がことさら神経質になる背景には、自らも日航と同じ「贅肉体質」であるのを意識した上で、あたかも「日航だけがずるい」とゴネることで公的支援のおこぼれを期待している節すらある。

顧客サービスの崩壊も


 このように追い詰められた全日空が、「最後のカード」として社内で検討しているのが格安航空会社(LCC)の設立だ。確かに世界の航空業界を眺めるとLCCは米国で四割弱、欧州も三割のシェアを占めるまで勢力を伸ばしている。東南アジアでのLCCのシェアは一六%にとどまるが、「台頭するLCCに対応しないといずれ大変なことになる」(全日空幹部)と重い腰をあげようとしている。
 この構想自体は山元峯生前社長(故人)が検討を指示したもので、香港に事務所を開設するなど事業化調査に乗り出したものの、その後、凍結された経緯がある。LCCへの参入は「価格競争を自らに持ち込むことになるため安売り競争に拍車がかかる上、本来の顧客もLCC子会社に流れてしまう」(外資航空会社幹部)懸念が払拭できなかったからだという。
 今、全日空の幹部は「LCCを開設しても顧客層が違うほか、全日空の基幹路線と重複を避けることで併存は可能」と手のひらを返したように説明するが、一連の紆余曲折を見てきた市場関係者の見方は冷ややかだ。同社は過去最悪の赤字計上を受けて予定していた三千三百人の増員計画を撤回。逆に四年ぶりに早期退職を復活するなど「ただでさえギリギリの顧客対応が、さらにすかすかになる」(全日空グループ幹部)。そんな状況下でLCCを開設したら、「人員不足の一層の深刻化で全日空グループ全体のサービスが崩壊する」(大手証券アナリスト)。
 全日空が株主総会で何度も強調した業績のV字回復。今期の最終黒字目標は五十億円だが、これも燃油価格が上昇すればすぐに吹き飛ぶ水準だ。もし三期連続の赤字となれば繰り延べ税金資産の取り崩しなどを迫られ、赤字額が一気に膨らむ危うさも潜む。伊東社長は自社の矛盾や不都合を全部日航のせいと押し付ける前に、自らの上滑り経営の姿勢を改める必要がある。それができなければ、日航とのダッチロールで「共倒れ」の道が待つだけだ。


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