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社会・文化

NHKの「独立」は 風前の灯

「放送支配」完成急ぐ官邸と総務省

2019年12月号公開


 かんぽ生命保険の不正販売報道を巡り、放送の独立性が問われているNHKは「現場の編集権への介入はなかった」と繰り返し強調している。しかし、金融商品取引のトラブルを特集したある番組で、かんぽ生命に関する内容が全編カットされ、別の内容に差し替えられたというのだ。メディアの生命線とも言える編集権を捻じ曲げたのは、官邸の意向を汲んだ「上層部の判断」(NHK関係者)だという。NHKの放送内容に常々不満を持つ安倍晋三首相と、露骨なほどの安倍人脈で溢れるNHK経営委員会。時の政権による公共放送の私物化が現実のものとなった。
 番組内容が差し替わったのは、昨年十月に放送されたクローズアップ現代+。「あなたの資産をどう守る?~超低金利時代の処方箋~」と題して、銀行預金や投資、保険など金融商品取引を巡るトラブルを幅広く特集したものだ。金融庁の「二千万円報告書」が話題になったように、超高齢社会を生き抜くための資産運用は関心の的。一方、振り込め詐欺や悪質商法から資産を守ることも不可欠だ。番組はこうした問題意識に応える時宜をとらえた好企画といえる。
 番組では、かんぽ生命の「か」の字も出てこない。しかし、前出関係者は「もともとは、かんぽ生命についての内容も含まれていた。しかし、直前にその部分がバッサリ全編カットされて、別の内容に差し替わった」と打ち明ける。かんぽ生命に対する取材の内容や編集に問題はなく、差し替えはあくまで「上層部の判断」だという。
 この番組が放送された昨年十月三十日は、かんぽ生命の不正販売問題を報じた番組を巡り、経営委員会が上田良一会長に厳重注意をした同二十三日の一週間後。また、放送の一週間後の十一月六日には、木田幸紀専務理事(放送総局長)が、日本郵政本社に出向き、上田会長名義の「説明不足だった」と書かれた文書を手渡す事実上の謝罪を行っている。この問題に過敏になった上層部の「かんぽ生命に触れるな」という判断に現場が縛られたことがうかがえる。

総務省女性官僚と次官OBの圧力

 NHKはこれまで、現場に対する編集権の介入はなく、かんぽ生命に対する取材を取りやめたり、番組制作を自粛したりしたことはなかったと、繰り返し説明してきた。今年十月十八日には、クローズアップ現代+のホームページ上でかんぽ生命問題の経緯を説明、改めて編集権への介入を否定していた。その証左として、今年七月にこの問題の第二弾を放送したことを挙げる。「日本郵政からの抗議や経営委員会による厳重注意の後も取材を継続していたからこそ放送できた」というのだ。
 しかし、前出関係者は「第二弾の放送直前に、日本郵政グループ全体が不正販売に関わっていた疑いがあることが明るみになり、社会問題になっていたからこそ放送できた」としたうえで「取材を継続していたから、という説明はいかにも苦しい」と指摘する。
 また、このホームページの経緯説明には、木田専務理事・放送総局長による事実上の謝罪について記載はない。これに関してNHKは「相手(日本郵政)の了承を得ずに事実関係を公表できないと判断した」と説明するが、放送総局長という現場トップによる「土下座謝罪」について、編集権への介入はなかったとの文脈では説明がつかないとの判断が働いたことは想像に難くない。
 では、NHKの現場にはどのように圧力がかかったのか。まず、放送免許を通じて放送局の生殺与奪を握る総務省ルートでは、山田真貴子総務審議官の名前が挙がる。山田氏は二〇一三年に初の女性首相秘書官に就任したキャリア官僚。一七年七月から今年七月まで、放送行政を司る情報流通行政局長のポストに就いていた。まさにかんぽ生命問題が火を噴いていた時期だ。官邸の重要ポストを経験している山田氏は、菅義偉官房長官と近いとされる。「山田氏が裏で動かないほうが不自然」(政治部記者)との声がもっぱらだ。
 山田氏は今年三月、NHKの予算を審議する衆院総務委員会である野党議員がNHKの説明に納得せず、審議が一時中断した際、NHK理事に対して原口議員に謝りに行くよう指示したこともあったという。
 山田氏のNHKに対する圧力は、鈴木康雄・日本郵政上級副社長の意向を受けたとされる。鈴木氏は、マルチメディア振興センター理事長の小笠原倫明氏、電通取締役の桜井俊氏とともに「今も総務省人事に影響力を持つ」実力者。この三人の中でも、鈴木氏は親分格と言われている。
 鈴木氏は菅官房長官が総務相だった際、総務審議官を務め、政治家とのパイプで次官まで上り詰めた人物。「安倍首相ら政権中枢がNHKに批判的なことを察知し、いち早く『NHKの取材方法は暴力団と一緒』とまで言い放ち、安倍首相の信頼を勝ち取った」(自民党幹部)とされる。

憲法改正と並ぶ隠れた悲願

 その鈴木氏が、経営委員会による会長への厳重注意の仕掛人と言われている。通常、番組内容に問題があれば、BPO(放送倫理・番組向上機構)に訴え出る。しかし、ある総務省OBは「放送界の仕組みや放送法を熟知する鈴木氏は、安倍シンパが多い経営委員会ならNHK批判が理解されやすく、番組中止に追い込めると判断し、経営委員会を選んだ」と解説する。
 経営委員会はNHKの経営の監督や会長の指名を担う。十二人の経営委員は国会の同意を受けて首相が任命する仕組みのため、もともと政権の意向が反映されやすい。そこに、「お友達内閣」と揶揄されても取り巻きをお気に入りで固める露骨な人事を厭わない安倍首相の登場だ。結果は見えている。
 第二次安倍政権発足から一年後の二〇一三年十一月、安倍首相は経営委員に作家の百田尚樹氏、日本たばこ産業社友の本田勝彦氏、埼玉大学名誉教授の長谷川三千子氏を任命した。百田氏は国家主義的な考え方で意気投合したことで知られる。本田氏は元家庭教師、長谷川氏は日本会議の代表委員で安倍首相応援団のメンバーだ。このうち、長谷川氏は今でも経営委員を務めている。また、現在の経営委員には、安倍首相のブレーンである葛西敬之JR東海名誉会長が理事長を務める、海陽学園海陽中等教育学校(愛知県)の校長・中島尚正氏もいる。
 安倍首相にとって、NHKをコントロールすることは、憲法改正と並ぶ隠れた悲願。腹心の一人の高市早苗氏を総務相に再登板させたのは、悲願達成に向けた「安倍首相の強い意志の表れ」(民放キー局幹部)だ。安倍首相が支配する自民党内では「国会がNHKの予算を成立させるのだから、NHKは自分たちの放送局だ」という今更ながらの子供じみた考えが広がりつつある。
 陰に陽に圧力が強まるNHKに、放送の独立を守り抜く底力は残っているのだろうか。


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