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経済

NTT法「廃止」の現実味

「完全民営」通信寡占で国民大損

2023年8月号公開

 多くの批判の中、事態は静かに既成事実化されつつある。
「危険な錬金術だ」「通信インフラを中国に売る気か!」
 自民党が六月九日、防衛費増額の財源として政府保有のNTT株の売却収入を充てる検討を提言し、その後、同党政調会長・萩生田光一が「NTT法の見直し」を唱え続けていることに通信業界は衝撃を受けている。
 同法は、政府にNTTの発行済み株式の三分の一の保有を義務付けているが、すべて売却した場合、現行時価総額から得られる収入はざっと五兆円。これを、岸田文雄政権が打ち出した防衛費四十三兆円構想の財源の一部にしろ、というのだ。しかし、政府保有株を放出すれば、中国企業が買い漁るのは明白。認可制であるNTT取締役の国籍規定を維持できず、「通信主権」は侵される怖れがある。
 にわかに持ち上がったNTT完全民営化論─。総務省は戸惑いつつも、NTT法の見直し議論を今秋にも開始する方針だ。早ければ次期通常国会で法改正、来年度中に政府保有株は放出される可能性が高まっている。ある通信関係者は天を仰ぐ。
「澤田純会長によるNTT再統合は総仕上げに入った。すでにそれは、NTTドコモを軸になし崩し的に始まっている」

相次ぐ「脱法行為」の一体化

 NTTレゾナント─。ポータルサイト「goo」で知られるWebサービス会社が七月一日、ドコモに吸収合併された。同社は約二百万件の加入者を抱える、業界二位のMVNO(仮想移動体通信事業者)でもあるが、加入者はドコモに取り込まれ、携帯キャリア最大手の肥大化は一段と進む。実はこれ、脱法行為なのだ。
 NTT法は、持ち株会社(NTT)と、固定加入者回線を独占的に運用するNTT東日本・西日本の組織統合を禁じている。また東西地域会社に対し、長距離国際通信のNTTコミュニケーションズ(Nコム)、移動体通信のドコモが統合や排他的に提携することも不可だ。これを「ドミナント(市場支配的事業者)規制」という。
 Nコムとドコモ、他のグループ会社の間にはドミナント規制はないが、事業の規模に応じて「特定関係法人」に指定されれば、禁止行為規制がかかる。電気通信事業法が定める禁止行為とは、大別して①回線接続の際に得られる顧客情報の不正利用、②回線の安値卸売りなど不当な優先的取り扱いの二点である。
 レゾナントのMVNOサービスは、実は従来、Nコムの事業だった。禁止行為規制に基づき、ドコモから無線回線の卸売りを受けて展開してきたが、一年前にレゾナントへ移管、さらに今回ドコモに吸収された。つまり回線の接続・卸売りはドコモの内部取引となり、もはや禁止行為の監視は事実上できない。電気通信事業法違反に当たるが、同法に合併を阻止する権能はなく、結果的に規制は潜脱されるのだ(左頁図参照)。
 総務省はレゾナントの吸収合併を有効に検証できないまま容認、メディアも事の重大さを報じないため、世間では話題になっていない。いや、二〇二〇年十一月、NTTの澤田が禁じ手のドコモの完全子会社化、すなわち四・二兆円を投じたTOB(株式公開買い付け)に成功して以来、横紙破りの組織統合が相次いでいる。国民は競争感覚が麻痺してしまったのだ。
 ドコモに、ネット接続・映像配信のNTTぷららは吸収合併され、Nコムは子会社になった。とりわけ中核会社のNコムがドコモと一体運営される波紋は大きく、固定・移動体サービスをワンストップで提供できるようになった。前出の通信関係者は指摘する。
「次はドコモとNTTデータグループ(Nデータ)の一体化だろう。澤田会長はGAFA対抗を盛んに唱えているから……」
 システム開発のNデータは中央官庁・自治体、金融分野で圧倒的シェアをもつ。近年の海外事業強化が奏功し、今年度の連結売上高は四・一兆円と富士通を抜き、国内首位に立つ見通し。国内外のITシステムのクラウド化をNデータに依存している大手企業は多く、今後は通信回線もNコム、ドコモに統一されかねない。「いや、外務省や財務省の公電専用線が真っ先にリプレースされるだろう」と、国際通信を祖業とするKDDIは危機感を募らせる。
 NTT法が万一廃止となればドミナント規制は消滅、これらの危機感は一気に現実となるのだ。
「いったいどう知恵を付けたのか。防衛費増額にNTT株売却という発想は、萩生田政調会長のオリジナルとは思えない」
 通信業界には不審の声が渦巻く。萩生田は、澤田と親密な前首相・菅義偉にその官房長官時代からブレーンとして仕えてきたが、通信業界との接点は多くはない。

“黄金株”という有力手段

 しかし、今回提言した自民党の「防衛関係費の財源検討に関する特命委員会」の幹部をみれば、NTT出身の参院幹事長・世耕弘成、元総務相・新藤義孝、初代経済安保相・小林鷹之などIT関連の議員が揃っており、澤田はいくらでも振り付けできただろう。注目点は、萩生田がNTT法について「そろそろ見直す時期ではないか」と発言していることだ。
 NTT法の目的は二点ある。①東西地域会社の電話役務をあまねく全国に提供すること、②電気通信の研究開発を推進し、公共の福祉に役立てることであり、それをNTTに実行させるため、政府は筆頭株主の地位にある。が、携帯電話とインターネットが普及した現在、法目的はいずれも時代遅れだ。それを見直すなら、政府保有株の放出も筋は通る。では、「通信主権」はどう担保するのか─。総務省の幹部が囁いた。
「澤田会長は、おそらく“黄金株”を視野に入れているだろう」
 黄金株とは、拒否権を発動できる種類株式である。例えば中国資本のNTT株主が取締役の解任や選任、事業譲渡や合併を提案してきても、政府が黄金株一株を持つことで否決できる。国内上場企業では唯一、国策会社の国際石油開発帝石(現INPEX)が経済産業大臣に発行した例がある。
 NTTは澤田が社長に就いて以来、密かにNTT法の廃止、再統合の研究を進めていたらしい。黄金株は有力な手段であり、また口実は世間受けのするGAFA対抗への「ゲームチェンジ」だ。その機会は防衛費増額の奇貨を得て、意外に早く訪れた。澤田の会長在任中に悲願は成就するか─。
 翻って澤田の玄謀とは裏腹に、NTTが米アマゾン、米グーグルのクラウドを超えるプラットファーマーへ飛躍するシナリオは一つも見えない。(敬称略)


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