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経済

川崎重工「不祥事5度目」の宿痾

橋本康彦社長はまだ居座るか

2026年2月号公開

「全ての膿を出し切る覚悟でコンプライアンス(法令遵守)、ガバナンス(企業統治)体制の再構築、また再発防止に徹底して取り組んでまいります」―。2024年12月の謝罪会見で橋本康彦社長が深々と頭を下げながら誓ったこの言葉は、一体何だったのか。川崎重工業で新たな不正が見つかった。今度は潜水艦の発電用ディーゼルエンジンで、燃料消費率(燃費)をごまかしていた事実が露見した。
 川崎重工は防衛省との間で「海自仕様書」を交わしており、そこで定めた性能に関して仕様値を満たす潜水艦エンジンを製造して防衛省に納入する必要があった。ところが、燃費の項目が求められた仕様値に達していなかった。そこで、燃費のデータを偽装した試験成績書を作成し、仕様を満たしたと偽ってこのエンジンを組み込んだ発電装置を防衛省に納めていた。

30年以上続いた「燃費偽装」

 不正の手口はストップウオッチの不正操作だ。この潜水艦エンジンでは、ある決まった量の燃料を消費する時間から燃費を割り出す方法を採用している。燃料の消費時間を作業者がストップウオッチで測り、その数値から計算によって燃費を求める方法だ。
 つまり、不正操作の実行犯は現場の作業者ということになるのだが、彼らに罪の意識は薄い。なぜなら、指示された通りに「仕事」をこなしただけだからである。作業者に不正操作を指示した首謀者は、設計部門と検査部門だ。
 潜水艦エンジンの開発は設計部門が担い、性能試験は検査部門が担当する。性能試験は1回ではなく、最終性能検査である本試験の前に、幾つかの予備試験が行われる。設計部門はまず、予備試験における燃費の実測値を検査部門から聞き出した。先の通り、この実測値は仕様値を下回っていた。
 そこで設計部門は、燃費の実測値と仕様値のギャップの大きさを加味した上で、仕様値を満たす燃費から逆算して燃料の消費時間を求め、それを目標時間とした。
 そして本試験の日、検査部門はその目標時間を書き込んだ紙片を作業者にこっそりと手渡した。要は、カンニングペーパーを渡したのである。作業者はそこに記載された目標時間を見て本試験に臨み、その目標時間でストップウオッチを止めた。本試験は防衛省の検査官が立ち会うのだが、作業者はその検査官の目を盗んでストップウオッチを不正に操作していたというわけだ。こうして、検査部門は偽装した燃費を試験成績書に記載し、設計部門の確認を経て防衛省に提出していた。
 悪質と言うべきは、不正を続けていた期間の長さだ。川崎重工は1988年から30年以上、この燃費偽装を続けていた。この間に製造した66台の潜水艦エンジンの全てで不正が行われていた。現在、海上自衛隊が運用している24隻の潜水艦のうち、燃費が偽装されたエンジンが載っているのは23隻に及ぶ。
 この不正の発覚を受け、防衛省は川崎重工を「契約の相手方とすることは不適当であると認め」(同省)、今年3月11日までの2・5カ月間、指名を停止する処分を下した。この処分について企業不正に詳しい大学教授は「長期間にわたって不正行為を続けていた悪質さの割に罰則が軽すぎる。経済安全保障の観点から他の調達先を見つけるのが難しいという現実もあり、防衛省としてもやむを得ないのだろう。だが、これでは川崎重工にとって反省材料にならず、不正が繰り返される可能性がある」と指摘する。

「腐りきった組織の典型」

 同社には「不正のKAWASAKI」というブランドネームがぴったりだ。それほど不正の連鎖が続いているからである。2022年に子会社の川重冷熱工業の吸収式冷凍機で検査データの改ざんや公的機関への虚偽申請が発覚。24年7月には海上自衛隊への裏金問題が見つかった。翌8月には船舶用エンジンのデータ偽装が発覚。25年7月には神戸造船工場において、予算工数が不足した商船の工事工数を潜水艦の修理工数に付け替えるなどの不正行為が見つかった。今回の潜水艦エンジンの燃費不正は、実に5度目の不正発覚なのである。
 あきれるのは、社内でこれほど多くの不正が行われているにもかかわらず、告発や改善の声が社内からほとんど上がらないことだ。川崎重工は10年と14年に不正およびコンプライアンスに関する全社調査を行った。22年と23年には、川重冷熱工業の不正発覚を受けて検査工程の全社総点検を実施している。ところが、これらの調査や点検から不正行為の情報は全く上がってこなかった。川崎重工は「長年の不正行為でコンプライアンス意識が薄れ、都合の悪い情報には蓋をして隠蔽する腐りきった組織の典型」(前出の大学教授)となっている。
 社内の不正を止められない最大の原因は、橋本社長にある。これまでに発覚した全ての不正は、橋本社長が就任した20年以降に見つかっているからである。
 24年4月には、度重なるコンプライアンス違反を受けて「コンプライアンス特別推進委員会」を設置し、橋本社長は自ら委員長の座に就いた。他の事業における不正の有無を確認するために設けたのだが、当初から形だけでろくに機能していないのは、同委員会が新たにつかんだ不正の事実が皆無であることが証明している。
 冒頭の通り、橋本社長は頭を下げて反省の弁を述べているものの、不正・隠蔽体質の改善に向けたリーダーシップも実行力も本気度も足りないと言わざるを得ない。
 ひょっとして橋本社長は事の重大さが分かっていないのではないか。川崎重工グループは20年度から毎年、従業員に対してコンプライアンス意識調査を実施している。その中で「自社は法令遵守の経営であると回答した人の割合」は、24年度までの5年間で70~77%の低水準にとどまっている。これは2~3割もの従業員が「川崎重工は法令遵守の経営を行っていない」と認めていることを意味する。このアンケート結果からも、社内のコンプライアンス意識の改善に対して効果的な手を打てていない橋本社長の無策ぶりが分かる。
 これまで不正行為が次々と見つかり、そのたびに川崎重工の醜聞がメディアを通じて世間に拡散されてきた。それでも、懲りずに不正を続け、隠蔽を決め込んでいるのは、腐った組織の壁が厚すぎて社内の人間には伝わらないからだろう。結局、橋本社長自身もその一人ということだ。だからこそ、平気で社長の椅子に座り続けていられるのである。


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