三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月刊総合情報誌

連載

大往生考 第79話

母は涙乾く間なく
佐野 海那斗

2026年7月号

 なによりの親不孝は、親より先に逝くことだ。遺された親は、時に自分を責め、悔い続ける余生を送ることになる。喪失から立ち直ることは難しい。
 私が相談を受けたのは40代の夫婦だった。知人の県会議員から紹介された。二人いた娘のうち、長女を自殺で失ったばかりだった。
 長女は境界性人格障害と診断され、地元の県立病院に通っていた。この疾患は感情や対人関係が不安定となり、衝動的言動を繰り返すことが多い。
 両親は、精神科の医療過誤によって長女が自殺に至った、と疑っていた。こういう場合、医師への恨みが前面に出て、冷静な話し合いが難しい場合もある。だが、私に相談してきたこの夫婦は違った。感情を抑えながら、事実関係を淡々と語ってくれた。
 県会議員によると、夫婦はいずれも名門大学を卒業し、一流企業に勤めるエリートで、社内での評価も高いという。
 夫婦の話を聞いて、気の毒というしかなかった。病院の対応があまりにも杜撰だったからだ。
 長女が発症したのは、高校3年生のときだった。有名進学校に通い、医学部を目指していたが、成績が伸び悩み、最終的には・・・

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます