皇室の風 第214話
「伏見殿」に嫁した内親王たち
岩井 克己
2026年7月号
女性・女系天皇には反対だ。歴史を貫いて守られてきた男系皇統が一時のご都合主義で断ち切られるなら、私たち皇族の存在はなんだったのか」
2004年、小泉純一郎内閣が有識者会議(吉川弘之座長)を立ち上げ直系長子継承へと皇室典範改正を目指す事態のなか、寛仁親王が強く反対していると聞いて同親王邸には何度も通って取材した。三笠宮崇仁親王の長子で、伯父の高松宮宣仁親王の薫陶も受け、皇族代表で反対するとの強烈な自負と気迫を隠さなかった。
最も意外だったのは「三笠宮家はみんな反対だ」との発言だった。
確かに筆者も昭和の末年から宮中を取材した肌感覚から、昭和天皇や高松宮が健在だったなら、皇室典範第1条改正には仰天し反対したのではないかとは思っていた。ただ、三笠宮は敗戦後は紀元節復活に反対し「赤い宮様」と右翼から攻撃されるほどラディカルなリベラリストとして知られていた。とりわけ新皇室典範制定の過程でも女帝容認の意見を述べていた。しかし寛仁親王によれば、単純な男女平等論を批判し男系護持を主張する女性評論家の記事を見せると、父宮も「この通りだと思う」と述べたという。
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2004年、小泉純一郎内閣が有識者会議(吉川弘之座長)を立ち上げ直系長子継承へと皇室典範改正を目指す事態のなか、寛仁親王が強く反対していると聞いて同親王邸には何度も通って取材した。三笠宮崇仁親王の長子で、伯父の高松宮宣仁親王の薫陶も受け、皇族代表で反対するとの強烈な自負と気迫を隠さなかった。
最も意外だったのは「三笠宮家はみんな反対だ」との発言だった。
確かに筆者も昭和の末年から宮中を取材した肌感覚から、昭和天皇や高松宮が健在だったなら、皇室典範第1条改正には仰天し反対したのではないかとは思っていた。ただ、三笠宮は敗戦後は紀元節復活に反対し「赤い宮様」と右翼から攻撃されるほどラディカルなリベラリストとして知られていた。とりわけ新皇室典範制定の過程でも女帝容認の意見を述べていた。しかし寛仁親王によれば、単純な男女平等論を批判し男系護持を主張する女性評論家の記事を見せると、父宮も「この通りだと思う」と述べたという。
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