光回線「国費投入」に怯えるNTT 第二の「アクセス部門分離論」へと発展か
国内通信業界において、ブロードバンドの普及促進を求めた「国費投入論」がにわかに浮上している。NTTが独占している光ファイバー網の整備が遅々として進まず、国の公約だった「二〇一〇年度までにブロードバンド・ゼロ地域解消」の目標に黄信号が灯っているからだ。ソフトバンクなどの競争各社は国費投入の条件として、NTTが独占している電話局から加入者宅までの末端回線(アクセス網)を分離して公的機関に委ねることを要求。NTTは組織防衛のために、こうした議論を封殺しようとしている。
「(目標の達成は)かなり厳しいと認識している」。今年二月末に記者会見したNTT東日本の江部努社長は、口をへの字にしてこう語った。目標というのは NTTが〇四年に設定した二〇一〇年度までの光ファイバー通信回線「フレッツ光」の累計加入者数目標。当初は電話加入者全体の半分程度ということで三千万件を目標にしていたのだが、〇七年末に二千万件へと下方修正した。江部社長が語ったのは、この修正目標でさえも達成困難という意味だ。
欧米では「産業振興」の要に
〇一年からサービスを始めた「フレッツ光」の加入者数は昨年九月にようやく一千万件を突破。しかし、月の純増数は昨年五月から九カ月連続で前年同月実績を下回っており、十一月以降は二割を超える大幅な落ち込み。この結果、〇九年度末の累計加入者数は一千四百万件弱にとどまる見込みとなっている。つまり、残り一年で六百万件以上を獲得しなければならない計算で、公約達成は事実上不可能になっている。
一方で、政府には二〇一〇年度までにブロードバンドの恩恵を被れない地域をゼロにするという公約がある。小泉政権時代の〇六年一月、当時のIT戦略本部が掲げた「ブロードバンド・ゼロ地域解消計画」がこれだ。
この計画では二〇一〇年度までにADSL(非対称デジタル加入者線)程度の速度の通信網で世帯カバー率一〇〇%、光ファイバーによる超高速回線で同九〇%を目標に掲げている。しかしこの計画は全面的にNTTの「フレッツ光」の加入者獲得数に依存しており、同社の二〇一〇年度目標が未達に終われば政府計画も水泡に帰してしまう。
こうした状況で、国の基幹事業であるブロードバンド通信網の普及をNTTという一民間企業にこれ以上任せるのは無理がある、という意見が出始めた。
折も折、三菱総合研究所が二月末に作成した調査レポートが通信業界で秘かな話題を呼んでいる。内容は「ブロードバンド普及には国費投入が必要」、というものだ。同レポートは、欧州やオセアニアでのブロードバンド普及政策事例を挙げ、先進国が国力増強のためにブロードバンドの普及に国費を投入し始めているという実態を紹介している。
たしかに世界的な経済危機の中で、ブロードバンド整備はあらたな国力増強の手段として注目されているのは事実だ。
米オバマ大統領は、就任前の昨年十二月、今後二年間で三百五十万人の雇用を創出する経済再生計画を発表。その主役のひとつにブロードバンド整備を掲げた。動画コンテンツ共有サイト「ユーチューブ」を使った演説では、「インターネットを発明したわが国が、ブロードバンド普及率で世界第十五位に甘んじているのは許容できない」と主張。戦争と石油利権に走り、情報通信分野には全く関心を示さなかったブッシュ前政権との違いを際立たせた。
さらに今年二月には、総額七十二億ドルの国費をブロードバンド網整備のために拠出する、米景気対策法(再生・再投資法)にサインした。情報通信政策をつかさどる連邦通信委員会(FCC)のトップには、自らの選挙運動でインターネット担当を務めた側近であり、ハーバード大学法科大学院のクラスメートでもあるジュリアス・ゲナコウスキー氏を指名。共和党のブッシュ前政権時代には封印されていたブロードバンド政策を、産業復興の要に据える姿勢を明確にしている。
孫正義も動き始めた
ブロードバンド振興政策が高まること自体は至極自然な流れだが、当のNTTはこうした動きに疑心暗鬼になっている。なぜか。国費投入論は、NTTの解体につながるからだ。
国費を投入する以上、その資金をつかってブロードバンド網の拡充を担う事業体は、公共的な存在でなければならない。利害が反する各通信事業者が自治体なども交えて共同出資で新会社をつくるのか、あるいは公団のような公共事業体をあらたにつくり、国費の受け皿にするか。いずれにせよ、あらたな事業体ができれば、今、一民間企業の立場でアクセス網を独占しているNTTの存在自体に矛盾が生じる。
〇六年に発足した、当時の竹中平蔵総務大臣が主宰する「通信・放送の在り方に関する懇談会」、通称「竹中懇談会」で議論が紛糾したNTTのアクセス部門分離の主張が再燃することを、NTTはとりわけ危惧している。
アクセス部門分離とはNTTのアクセス網事業を分離し、NTTを含めた通信会社が同等の条件で光ファイバーを借りてサービスを提供できるようにすべきという考え。いろいろな手法が検討されているが、もっとも過激な案は、アクセス部分を構造的にNTTから分離し、外部資本を入れることで別会社をつくるというものだ。
こうした中、三月上旬にソフトバンクの孫正義社長が、報道各社との意見交換の場で、「光ファイバーを安く貸し出してくれないのであれば、アクセス分離を主張するまでだ」と語り、NTTに対する挑戦的な姿勢を鮮明にした。
竹中懇が最終的に先送りしたNTTの組織再編問題は、来年再び議論することが決まっている。これに向けて、すでに水面下で綱引きが始まっており、「NTT東西地域会社の再統合を許す代わりに、アクセス会社を分離すべきだ」などという案も浮上し始めた。
NTTにとってやっかいなのは、今回のアクセス部門分離論が、これまでのように、ライバルによるNTT解体論といった真正面からの競争論理ではなく、国費投入による国の競争力向上を錦の御旗に掲げている点だ。「百年に一度」と言われる経済危機の最中にあって、国費投入論の主張はそれなりに説得力を持つ。
政府は補正予算の大枠をかためつつあるが、「この未曾有の経済危機ではさらなる追加予算が必要になるだろう」(政府関係者)としている。今夏以降、仮に民主党が政権をとれば、あらたな経済対策としてブロードバンド国費投入論はさらに現実味を増す。
民主党関係者はこう主張する。「NTTが〇六年の竹中懇の時のように、組織防衛のために策を講じ、国費投入を妨害すれば、不利益を被るのは国民一人一人だ」。
「(目標の達成は)かなり厳しいと認識している」。今年二月末に記者会見したNTT東日本の江部努社長は、口をへの字にしてこう語った。目標というのは NTTが〇四年に設定した二〇一〇年度までの光ファイバー通信回線「フレッツ光」の累計加入者数目標。当初は電話加入者全体の半分程度ということで三千万件を目標にしていたのだが、〇七年末に二千万件へと下方修正した。江部社長が語ったのは、この修正目標でさえも達成困難という意味だ。
欧米では「産業振興」の要に
〇一年からサービスを始めた「フレッツ光」の加入者数は昨年九月にようやく一千万件を突破。しかし、月の純増数は昨年五月から九カ月連続で前年同月実績を下回っており、十一月以降は二割を超える大幅な落ち込み。この結果、〇九年度末の累計加入者数は一千四百万件弱にとどまる見込みとなっている。つまり、残り一年で六百万件以上を獲得しなければならない計算で、公約達成は事実上不可能になっている。
一方で、政府には二〇一〇年度までにブロードバンドの恩恵を被れない地域をゼロにするという公約がある。小泉政権時代の〇六年一月、当時のIT戦略本部が掲げた「ブロードバンド・ゼロ地域解消計画」がこれだ。
この計画では二〇一〇年度までにADSL(非対称デジタル加入者線)程度の速度の通信網で世帯カバー率一〇〇%、光ファイバーによる超高速回線で同九〇%を目標に掲げている。しかしこの計画は全面的にNTTの「フレッツ光」の加入者獲得数に依存しており、同社の二〇一〇年度目標が未達に終われば政府計画も水泡に帰してしまう。
こうした状況で、国の基幹事業であるブロードバンド通信網の普及をNTTという一民間企業にこれ以上任せるのは無理がある、という意見が出始めた。
折も折、三菱総合研究所が二月末に作成した調査レポートが通信業界で秘かな話題を呼んでいる。内容は「ブロードバンド普及には国費投入が必要」、というものだ。同レポートは、欧州やオセアニアでのブロードバンド普及政策事例を挙げ、先進国が国力増強のためにブロードバンドの普及に国費を投入し始めているという実態を紹介している。
たしかに世界的な経済危機の中で、ブロードバンド整備はあらたな国力増強の手段として注目されているのは事実だ。
米オバマ大統領は、就任前の昨年十二月、今後二年間で三百五十万人の雇用を創出する経済再生計画を発表。その主役のひとつにブロードバンド整備を掲げた。動画コンテンツ共有サイト「ユーチューブ」を使った演説では、「インターネットを発明したわが国が、ブロードバンド普及率で世界第十五位に甘んじているのは許容できない」と主張。戦争と石油利権に走り、情報通信分野には全く関心を示さなかったブッシュ前政権との違いを際立たせた。
さらに今年二月には、総額七十二億ドルの国費をブロードバンド網整備のために拠出する、米景気対策法(再生・再投資法)にサインした。情報通信政策をつかさどる連邦通信委員会(FCC)のトップには、自らの選挙運動でインターネット担当を務めた側近であり、ハーバード大学法科大学院のクラスメートでもあるジュリアス・ゲナコウスキー氏を指名。共和党のブッシュ前政権時代には封印されていたブロードバンド政策を、産業復興の要に据える姿勢を明確にしている。
孫正義も動き始めた
ブロードバンド振興政策が高まること自体は至極自然な流れだが、当のNTTはこうした動きに疑心暗鬼になっている。なぜか。国費投入論は、NTTの解体につながるからだ。
国費を投入する以上、その資金をつかってブロードバンド網の拡充を担う事業体は、公共的な存在でなければならない。利害が反する各通信事業者が自治体なども交えて共同出資で新会社をつくるのか、あるいは公団のような公共事業体をあらたにつくり、国費の受け皿にするか。いずれにせよ、あらたな事業体ができれば、今、一民間企業の立場でアクセス網を独占しているNTTの存在自体に矛盾が生じる。
〇六年に発足した、当時の竹中平蔵総務大臣が主宰する「通信・放送の在り方に関する懇談会」、通称「竹中懇談会」で議論が紛糾したNTTのアクセス部門分離の主張が再燃することを、NTTはとりわけ危惧している。
アクセス部門分離とはNTTのアクセス網事業を分離し、NTTを含めた通信会社が同等の条件で光ファイバーを借りてサービスを提供できるようにすべきという考え。いろいろな手法が検討されているが、もっとも過激な案は、アクセス部分を構造的にNTTから分離し、外部資本を入れることで別会社をつくるというものだ。
こうした中、三月上旬にソフトバンクの孫正義社長が、報道各社との意見交換の場で、「光ファイバーを安く貸し出してくれないのであれば、アクセス分離を主張するまでだ」と語り、NTTに対する挑戦的な姿勢を鮮明にした。
竹中懇が最終的に先送りしたNTTの組織再編問題は、来年再び議論することが決まっている。これに向けて、すでに水面下で綱引きが始まっており、「NTT東西地域会社の再統合を許す代わりに、アクセス会社を分離すべきだ」などという案も浮上し始めた。
NTTにとってやっかいなのは、今回のアクセス部門分離論が、これまでのように、ライバルによるNTT解体論といった真正面からの競争論理ではなく、国費投入による国の競争力向上を錦の御旗に掲げている点だ。「百年に一度」と言われる経済危機の最中にあって、国費投入論の主張はそれなりに説得力を持つ。
政府は補正予算の大枠をかためつつあるが、「この未曾有の経済危機ではさらなる追加予算が必要になるだろう」(政府関係者)としている。今夏以降、仮に民主党が政権をとれば、あらたな経済対策としてブロードバンド国費投入論はさらに現実味を増す。
民主党関係者はこう主張する。「NTTが〇六年の竹中懇の時のように、組織防衛のために策を講じ、国費投入を妨害すれば、不利益を被るのは国民一人一人だ」。
















