往年の面影なき新日鐵「根回し経営」の限界あらわ
「そんなもんを出したら世界の笑いものになる」。五月十二日の会見で、普段は温和な斉藤鉄夫環境相が不快感を隠さずに言い放った。矛先は前日に開かれた御手洗冨士夫・日本経団連会長の「一九九〇年比四%増でいいのでは」との発言。政府の有識者会議が提示していた二〇二〇年の温室効果ガス排出削減目標六案のなかで、御手洗会長が選んだのは最も負担が軽い温室効果ガス削減案。これには環境省に加え経済産業省も「経団連は景気対策として環境対応車やエコ家電への各種補助を要望しておいて、あの発言は全く理解できない」(経産省幹部)と失望を隠さなかった。
もっとも、この御手洗発言の背景には「経団連で環境問題について大きな発言力を持つ新日本製鐵の存在が大きい」(財界幹部)というのは公然の秘密。鉄鋼業界は国内二酸化炭素(CO2)の排出量の約一五%を占める。新日鐵はJFEスチールとともにすでに一千億円もの排出枠を購入、業界としては「排出削減目標が厳しくなれば追加負担がさらに重くなる」(新日鐵幹部)との危機感が高まっていた。そこで「経団連での新日鐵による御手洗会長への"刷り込み"」(経団連幹部)が繰り返し行われていた。
中国勢の伸長に身動きとれず
新日鐵による政府や財界、各種圧力団体への「ロビー活動」はもはやお家芸として有名だ。この排出権問題のほかにも、昨年盛り上がった豪英系資源メジャーBHPビリトンによる同業二位のリオ・ティントの買収に際しては、海外のM&Aであるにもかかわらず、日本の公正取引委員会を動かして買収阻止を働きかけた。CO2削減をめぐって新日鐵などが主張していた産業別に削減を進める「セクター別アプローチ」でも、金融機関や商社に押し切られ日の目を見なかった。お家芸の行き詰まりが相次いでいる。
しかも、リオをめぐる争奪戦では中国国営の金属大手、中国アルミがBHPに代わってリオを買収するという思わぬ方向に展開。新日鐵のライバルが川上の資源メジャーを取りこむという「最悪のパターン」(新日鐵幹部)となった。
「数々の財界総理を輩出し、経済界に強力な発言力を持っていた新日鉄の最近の国内外での発言力は地に落ちた」というのが今や財界内での定評となっている。
財界の威信低下以外にも、事業面でもかつてないほどの脅威が新日鐵を覆う。その一つが前述の中国アルミの存在だ。中国アルミがリオの買収に投じた金額は百九十五億ドル(約一兆九千億円)。中国最大の海外投資となった。
資源確保を狙って積極的に海外進出する「走出去(外に出る)」政策に沿って、買収資金は国家開発銀行や中国輸出入銀行など政府系金融機関が拠出した。リオが持ついくつかの鉱山に対しては日本の商社なども買収を検討していた矢先だっただけに、国を挙げての攻勢に日本勢は舌を巻いた。中国アルミのリオ買収で「中国勢が安価に鉄鉱石が確保できるようになれば、新日鐵をはじめとする国内鉄鋼メーカーにはとてつもない打撃となる」(新日鐵幹部)。
加えて中国政府は、国内に乱立する鉄鋼メーカーを年産五千万トン以上の数社に再編する方針で、近いうちに現在、新日鐵に次ぐ世界第三位の宝鋼集団が他の中国の鉄鋼大手との合併を通じて「新日鐵を追い越し、アルセロール・ミタルに迫る規模になる」(大手商社幹部)との観測が絶えない。アルセロール・ミタルによる買収危機から一息つく間もなく新日鐵は、中国の国を挙げての資源争奪、鉄鋼産業育成戦略のなかで、身動きができなくなりつつある。
国内でも新日鐵の事業環境は厳しさを増している。最大の取引先であるトヨタ自動車との鋼材交渉で、トヨタと様々な軋轢が生じたからだ。四月に「自動車用鋼板でトンあたり一万五千円の値下げで決着」という一部報道が流れたが、これにトヨタ側が猛反発。「この一万五千円というのはトヨタが系列の部品メーカーに支給する鋼材(支給材)に限定されたもので、トヨタ本体の鋼板にはあてはまらない」(トヨタ幹部)と怒りをあらわにした。新日鐵は世界同時不況による自動車市場の崩壊で、今年度の鋼材交渉は「昨年度値上げした三万円をそっくり返せと迫られる」と身構えていた。
しかし、その前提条件となる鉄鋼メーカーと資源メジャーとの鉄鉱石買鉱交渉の長期化で、鋼材交渉がスタートできず、トヨタ系列の部品メーカーから「予算が立てられない」との声があがった。トヨタはその声に配慮して支給材について一万五千円の値下げで「仮決め」したのが実情だが、これを新日鐵側が得意のマスコミ操作で、あたかも鋼材交渉全体が決着したように演出した。結局、鋼材交渉は五月二十六日までに一万五千円という当初報道通りの値下げで基本合意したものの、トヨタの中には不信の念が増大した。
こうした新日鐵のやり口に、トヨタも動き、新日鐵のライバルである韓国ポスコから初めて鋼材を購入した。家電業界でもソニーが採用するなど、自動車以外の需要分野でもかつてない外圧にさらされ始めた。さらに新日鐵と建築用のH形鋼で激しいシェア争いを繰り広げてきた電炉最大手の東京製鐵が、新たにトヨタのお膝元である愛知県田原市に新工場を建設。今秋の操業開始を前に虎視眈々とトヨタに営業活動をかけている。
東京製鐵の電炉鋼はすでに日産自動車の品質・性能試験には合格、日野自動車や日産ディーゼル工業などにもサンプルを提供して品質の評価を受けている。「もしトヨタと新日鐵の鋼材価格交渉がトンあたり一万五千円だったら、とてつもない追い風になる」と東京製鐵の西本利一社長はそろばんを弾く。新日鐵の高炉鋼との価格差はほとんどなく「十分勝算はある」(西本社長)。
得意とするH形鋼でも同社は、昨年十二月までの四カ月でトンあたりの価格を合計五万円引き下げた。原料スクラップの下落に対応したものだが、これには新日鐵も対抗せざるを得ず、今年二月にH形鋼の価格を三年半ぶりに引き下げざるを得なくなった。今の新日鐵には、〇三年以降、昨年まで最高益を更新してきた勢いはない。
新日鐵の今期の最終損益は前期の一千五百五十億円からゼロに落ちる。一九九八年から春闘を隔年方式にしたため、高炉の操業停止で社員は一時帰休など労働時間が大幅に減ったにもかかわらず、今夏の賞与は鉄鋼バブルに踊った昨年と同水準を支払う予定。ベアも一千五百円で決着と、固定費負担も重荷となる。ここでも新日鐵の経営陣に染み付いた「根回し」体質があだとなった。
経団連の御手洗氏の会長任期が一年後に迫るが、「次期会長に三村明夫新日鐵会長が依然として執念を燃やしている」(経団連関係者)との話もある。だが、グループ会社による「橋梁談合」や住友金属工業などとの「株式の持ち合い」、さらには冒頭の「環境問題への消極姿勢」など、経団連会長を目指す企業としての「品格」が問われる振る舞いが新日鐵には目立つ。かつての威信も消え、今後の「内憂外患」にどう挑むのか、その本当の度量が問われている。
もっとも、この御手洗発言の背景には「経団連で環境問題について大きな発言力を持つ新日本製鐵の存在が大きい」(財界幹部)というのは公然の秘密。鉄鋼業界は国内二酸化炭素(CO2)の排出量の約一五%を占める。新日鐵はJFEスチールとともにすでに一千億円もの排出枠を購入、業界としては「排出削減目標が厳しくなれば追加負担がさらに重くなる」(新日鐵幹部)との危機感が高まっていた。そこで「経団連での新日鐵による御手洗会長への"刷り込み"」(経団連幹部)が繰り返し行われていた。
中国勢の伸長に身動きとれず
新日鐵による政府や財界、各種圧力団体への「ロビー活動」はもはやお家芸として有名だ。この排出権問題のほかにも、昨年盛り上がった豪英系資源メジャーBHPビリトンによる同業二位のリオ・ティントの買収に際しては、海外のM&Aであるにもかかわらず、日本の公正取引委員会を動かして買収阻止を働きかけた。CO2削減をめぐって新日鐵などが主張していた産業別に削減を進める「セクター別アプローチ」でも、金融機関や商社に押し切られ日の目を見なかった。お家芸の行き詰まりが相次いでいる。
しかも、リオをめぐる争奪戦では中国国営の金属大手、中国アルミがBHPに代わってリオを買収するという思わぬ方向に展開。新日鐵のライバルが川上の資源メジャーを取りこむという「最悪のパターン」(新日鐵幹部)となった。
「数々の財界総理を輩出し、経済界に強力な発言力を持っていた新日鉄の最近の国内外での発言力は地に落ちた」というのが今や財界内での定評となっている。
財界の威信低下以外にも、事業面でもかつてないほどの脅威が新日鐵を覆う。その一つが前述の中国アルミの存在だ。中国アルミがリオの買収に投じた金額は百九十五億ドル(約一兆九千億円)。中国最大の海外投資となった。
資源確保を狙って積極的に海外進出する「走出去(外に出る)」政策に沿って、買収資金は国家開発銀行や中国輸出入銀行など政府系金融機関が拠出した。リオが持ついくつかの鉱山に対しては日本の商社なども買収を検討していた矢先だっただけに、国を挙げての攻勢に日本勢は舌を巻いた。中国アルミのリオ買収で「中国勢が安価に鉄鉱石が確保できるようになれば、新日鐵をはじめとする国内鉄鋼メーカーにはとてつもない打撃となる」(新日鐵幹部)。
加えて中国政府は、国内に乱立する鉄鋼メーカーを年産五千万トン以上の数社に再編する方針で、近いうちに現在、新日鐵に次ぐ世界第三位の宝鋼集団が他の中国の鉄鋼大手との合併を通じて「新日鐵を追い越し、アルセロール・ミタルに迫る規模になる」(大手商社幹部)との観測が絶えない。アルセロール・ミタルによる買収危機から一息つく間もなく新日鐵は、中国の国を挙げての資源争奪、鉄鋼産業育成戦略のなかで、身動きができなくなりつつある。
国内でも新日鐵の事業環境は厳しさを増している。最大の取引先であるトヨタ自動車との鋼材交渉で、トヨタと様々な軋轢が生じたからだ。四月に「自動車用鋼板でトンあたり一万五千円の値下げで決着」という一部報道が流れたが、これにトヨタ側が猛反発。「この一万五千円というのはトヨタが系列の部品メーカーに支給する鋼材(支給材)に限定されたもので、トヨタ本体の鋼板にはあてはまらない」(トヨタ幹部)と怒りをあらわにした。新日鐵は世界同時不況による自動車市場の崩壊で、今年度の鋼材交渉は「昨年度値上げした三万円をそっくり返せと迫られる」と身構えていた。
しかし、その前提条件となる鉄鋼メーカーと資源メジャーとの鉄鉱石買鉱交渉の長期化で、鋼材交渉がスタートできず、トヨタ系列の部品メーカーから「予算が立てられない」との声があがった。トヨタはその声に配慮して支給材について一万五千円の値下げで「仮決め」したのが実情だが、これを新日鐵側が得意のマスコミ操作で、あたかも鋼材交渉全体が決着したように演出した。結局、鋼材交渉は五月二十六日までに一万五千円という当初報道通りの値下げで基本合意したものの、トヨタの中には不信の念が増大した。
こうした新日鐵のやり口に、トヨタも動き、新日鐵のライバルである韓国ポスコから初めて鋼材を購入した。家電業界でもソニーが採用するなど、自動車以外の需要分野でもかつてない外圧にさらされ始めた。さらに新日鐵と建築用のH形鋼で激しいシェア争いを繰り広げてきた電炉最大手の東京製鐵が、新たにトヨタのお膝元である愛知県田原市に新工場を建設。今秋の操業開始を前に虎視眈々とトヨタに営業活動をかけている。
東京製鐵の電炉鋼はすでに日産自動車の品質・性能試験には合格、日野自動車や日産ディーゼル工業などにもサンプルを提供して品質の評価を受けている。「もしトヨタと新日鐵の鋼材価格交渉がトンあたり一万五千円だったら、とてつもない追い風になる」と東京製鐵の西本利一社長はそろばんを弾く。新日鐵の高炉鋼との価格差はほとんどなく「十分勝算はある」(西本社長)。
得意とするH形鋼でも同社は、昨年十二月までの四カ月でトンあたりの価格を合計五万円引き下げた。原料スクラップの下落に対応したものだが、これには新日鐵も対抗せざるを得ず、今年二月にH形鋼の価格を三年半ぶりに引き下げざるを得なくなった。今の新日鐵には、〇三年以降、昨年まで最高益を更新してきた勢いはない。
新日鐵の今期の最終損益は前期の一千五百五十億円からゼロに落ちる。一九九八年から春闘を隔年方式にしたため、高炉の操業停止で社員は一時帰休など労働時間が大幅に減ったにもかかわらず、今夏の賞与は鉄鋼バブルに踊った昨年と同水準を支払う予定。ベアも一千五百円で決着と、固定費負担も重荷となる。ここでも新日鐵の経営陣に染み付いた「根回し」体質があだとなった。
経団連の御手洗氏の会長任期が一年後に迫るが、「次期会長に三村明夫新日鐵会長が依然として執念を燃やしている」(経団連関係者)との話もある。だが、グループ会社による「橋梁談合」や住友金属工業などとの「株式の持ち合い」、さらには冒頭の「環境問題への消極姿勢」など、経団連会長を目指す企業としての「品格」が問われる振る舞いが新日鐵には目立つ。かつての威信も消え、今後の「内憂外患」にどう挑むのか、その本当の度量が問われている。
















