市場原理主義の「危険」は去っていない宇沢 弘文(東京大学名誉教授)
2009年10月号 連載〈巻頭インタビュー〉
宇沢 弘文(東京大学名誉教授)
1928年鳥取県生まれ。51年東京大学理学部卒業。シカゴ大学教授、東京大学教授などを経て現職。日本学士院会員。83年文化功労者、97年文化勲章受章。著者に『経済学の考え方』(岩波新書)、『ヴェブレン』(岩波書店)ほか多数。
---今回の世界金融危機は経済学に対する深刻な不信と反感を招きました。
宇沢 今日の経済学はケインズともマルクスとも違い、学問の原点を忘れてその時々の権力に迎合する考え方を持ってしまった。その根本にあるのは市場原理主義。儲けることを人生最大の目的として、倫理的、社会的、文化的な側面は無視してもよいという考え方だ。ミルトン・フリードマンの活躍以降、世界の経済学の大きな流れになってしまった。しかも本来、こうした政治・社会的な圧力や変化から自由であるべき大学もが市場原理主義の流れに巻き込まれた。知性、理性、感性を失い餓鬼道に堕ちてしまった大学人も少なくない。その結果が金融恐慌を作り出したサブプライムローンと、それを徹底的に悪用した金融工学だった。
---日本でもたくさんの市場原理主義「信者」が生まれました。
宇沢 金融に限らずほとんどの分野で市場原理主義の侵略が行われたが、日本では教育、医療、環境という「社会的共通資本」の原点が壊されようとしている。特に今後、深刻化しそうな問題が二酸化炭素の排出権取引だろう。大気という大切な社会的共通資本を汚染した上で、あたかも私有財産として売買するというのは最悪の倫理崩壊につながる。それでいながら米国の提唱に対し、日本にも同調する経済学者が多数いるというのは末期的な状況だ。
---私欲の「手段」と化した経済学は信頼を再び回復できますか。
宇沢 ジョン・スチュアート・ミルが著した「経済学原理」(一八四八年刊)の中にヒントがあると思っている。ミルは同書の中で、マクロ経済的には国民所得や消費、投資といった経済的変数が全て一定に保たれているものの、その社会の中では華やかで活気に満ちた人間的な営みや交流、文化活動が展開されている状況を「定常状態」と名付けた。これはマルクスのように階級的思考で人間の行動を捉えるのではなく、一方で人間を経済的動機だけで動く心を持たないホモ・エコノミクスと見る新古典派の経済学とも違っている。このミルが示す社会を実現できる制度的な条件を、経済学者は求めるべきだ。この進化論的経済学の代表はソースティン・ヴェブレンだが、私の社会的共通資本という考え方も「定常状態」を実現するための具体的な道筋だと考えている。
宇沢 今日の経済学はケインズともマルクスとも違い、学問の原点を忘れてその時々の権力に迎合する考え方を持ってしまった。その根本にあるのは市場原理主義。儲けることを人生最大の目的として、倫理的、社会的、文化的な側面は無視してもよいという考え方だ。ミルトン・フリードマンの活躍以降、世界の経済学の大きな流れになってしまった。しかも本来、こうした政治・社会的な圧力や変化から自由であるべき大学もが市場原理主義の流れに巻き込まれた。知性、理性、感性を失い餓鬼道に堕ちてしまった大学人も少なくない。その結果が金融恐慌を作り出したサブプライムローンと、それを徹底的に悪用した金融工学だった。
---日本でもたくさんの市場原理主義「信者」が生まれました。
宇沢 金融に限らずほとんどの分野で市場原理主義の侵略が行われたが、日本では教育、医療、環境という「社会的共通資本」の原点が壊されようとしている。特に今後、深刻化しそうな問題が二酸化炭素の排出権取引だろう。大気という大切な社会的共通資本を汚染した上で、あたかも私有財産として売買するというのは最悪の倫理崩壊につながる。それでいながら米国の提唱に対し、日本にも同調する経済学者が多数いるというのは末期的な状況だ。
---私欲の「手段」と化した経済学は信頼を再び回復できますか。
宇沢 ジョン・スチュアート・ミルが著した「経済学原理」(一八四八年刊)の中にヒントがあると思っている。ミルは同書の中で、マクロ経済的には国民所得や消費、投資といった経済的変数が全て一定に保たれているものの、その社会の中では華やかで活気に満ちた人間的な営みや交流、文化活動が展開されている状況を「定常状態」と名付けた。これはマルクスのように階級的思考で人間の行動を捉えるのではなく、一方で人間を経済的動機だけで動く心を持たないホモ・エコノミクスと見る新古典派の経済学とも違っている。このミルが示す社会を実現できる制度的な条件を、経済学者は求めるべきだ。この進化論的経済学の代表はソースティン・ヴェブレンだが、私の社会的共通資本という考え方も「定常状態」を実現するための具体的な道筋だと考えている。
〈インタビュアー 編集部〉

















