グリーンスパンは何を間違ったのか岩田 規久男(学習院大学教授)
2009年4月号 連載〈巻頭インタビュー〉
---世界に金融危機をバラまいた米国住宅バブルの「真犯人」は誰ですか。
岩田 昔から、あらゆるバブルは低金利と高レバレッジが重なった時に発生する。今回の金融危機は二〇〇一年に、連邦準備理事会(FRB)議長だったグリーンスパンによって米国が歴史的な低金利政策に舵を切り、さらに〇四年八月に証券取引委員会(SEC)が投資銀行に課していたレバレッジの上限規制を大幅に緩和したために起こった。商業銀行は国際決済銀行(BIS)規制により自己資本の十二・五倍までしか投資できないのに、破綻したリーマン・ブラザーズは、最後は三十倍のレバレッジを効かせていた。政府が博打の世界を公認したようなものだ。
---なぜ高倍率のレバレッジを認めたのですか。
岩田 投資銀行は株式委託手数料の自由化以前はボロ儲けできたが、本格競争が始まると手数料だけでは食えなくなった。仕方なくM&Aの仲介などに手を延ばし始めたものの、これも他の金融機関の参入により収益が上がらなくなった。そこで新たな収益源として、住宅ローンを証券化した債務担保証券(CDO)などの金融商品に着目した。ただ、それで儲けるにはレバレッジの上限規制が障害だった。レバレッジは投資の収益率より借りた金利の方が低ければ低いほど利益が上がるもの。せっかくの低金利なのにこんな規制があっては商売にならないと、ポールソン前財務長官がゴールドマン・サックスのCEOだった時に、投資銀行へのレバレッジ規制を外させた。
---日本のバブルを研究し、当然、新たなバルブも予見できたのになぜグリーンスパンは容認したのでしょう。
岩田 グリーンスパンはITバブルの崩壊とその後の9・11テロにより、米国が日本のようなデフレに陥るのを恐れて、金融緩和を続けた。今でこそ投資銀行の行動を監視できなかったのを「失敗だった」と反省しているが、一方でグリーンスパンは、CDOやクレディット・ディフォールト・スワップ(CDS)などの金融革新を高く評価していた。つまり、信用リスクを他者に移転するシステムができたからこそ、米国では銀行の貸し渋りが起きないのだなどと語っていた。
---ブッシュ政権に通底する「驕り」を感じます。
岩田 ところが今回のサブプライムローン商品のように、あらゆる金融機関が住宅価格の上昇を前提とする同じリスクを取った場合には違ってくる。CDSというのは一種の保険のようなものであり、倒産や破綻という現象がランダムに起こるからこそリスクがヘッジできる。しかし同じタイミングで倒産などが発生すると、CDSに保険の原理は働かない。地震保険が上手くいかないのと同じだ。グリーンスパンはそこの部分を見誤っていた。さらにCDOや CDSを欧州が買い漁っていたことが被害を拡大した。
---やはりグリーンスパンによる人災ですか。
岩田 今回の危機の一番の教訓は「非銀行」発の金融危機が実際に起きたということだ。唯一の例外は一九九八年のLTCM危機の時だったが、たまたまLTCMは銀行団の協力により徐々に解体させることに成功した。公的資金を注入する必要もなく、グリーンスパンは世界中から「お見事」と称賛された。当局はこの成功に酔ってしまう。成功が次への備えを遅らせた。
岩田 昔から、あらゆるバブルは低金利と高レバレッジが重なった時に発生する。今回の金融危機は二〇〇一年に、連邦準備理事会(FRB)議長だったグリーンスパンによって米国が歴史的な低金利政策に舵を切り、さらに〇四年八月に証券取引委員会(SEC)が投資銀行に課していたレバレッジの上限規制を大幅に緩和したために起こった。商業銀行は国際決済銀行(BIS)規制により自己資本の十二・五倍までしか投資できないのに、破綻したリーマン・ブラザーズは、最後は三十倍のレバレッジを効かせていた。政府が博打の世界を公認したようなものだ。
---なぜ高倍率のレバレッジを認めたのですか。
岩田 投資銀行は株式委託手数料の自由化以前はボロ儲けできたが、本格競争が始まると手数料だけでは食えなくなった。仕方なくM&Aの仲介などに手を延ばし始めたものの、これも他の金融機関の参入により収益が上がらなくなった。そこで新たな収益源として、住宅ローンを証券化した債務担保証券(CDO)などの金融商品に着目した。ただ、それで儲けるにはレバレッジの上限規制が障害だった。レバレッジは投資の収益率より借りた金利の方が低ければ低いほど利益が上がるもの。せっかくの低金利なのにこんな規制があっては商売にならないと、ポールソン前財務長官がゴールドマン・サックスのCEOだった時に、投資銀行へのレバレッジ規制を外させた。
---日本のバブルを研究し、当然、新たなバルブも予見できたのになぜグリーンスパンは容認したのでしょう。
岩田 グリーンスパンはITバブルの崩壊とその後の9・11テロにより、米国が日本のようなデフレに陥るのを恐れて、金融緩和を続けた。今でこそ投資銀行の行動を監視できなかったのを「失敗だった」と反省しているが、一方でグリーンスパンは、CDOやクレディット・ディフォールト・スワップ(CDS)などの金融革新を高く評価していた。つまり、信用リスクを他者に移転するシステムができたからこそ、米国では銀行の貸し渋りが起きないのだなどと語っていた。
---ブッシュ政権に通底する「驕り」を感じます。
岩田 ところが今回のサブプライムローン商品のように、あらゆる金融機関が住宅価格の上昇を前提とする同じリスクを取った場合には違ってくる。CDSというのは一種の保険のようなものであり、倒産や破綻という現象がランダムに起こるからこそリスクがヘッジできる。しかし同じタイミングで倒産などが発生すると、CDSに保険の原理は働かない。地震保険が上手くいかないのと同じだ。グリーンスパンはそこの部分を見誤っていた。さらにCDOや CDSを欧州が買い漁っていたことが被害を拡大した。
---やはりグリーンスパンによる人災ですか。
岩田 今回の危機の一番の教訓は「非銀行」発の金融危機が実際に起きたということだ。唯一の例外は一九九八年のLTCM危機の時だったが、たまたまLTCMは銀行団の協力により徐々に解体させることに成功した。公的資金を注入する必要もなく、グリーンスパンは世界中から「お見事」と称賛された。当局はこの成功に酔ってしまう。成功が次への備えを遅らせた。
〈インタビュアー 編集部〉

















